おいとまにっき

お休み中の雑記

感想:銀河英雄伝説外伝〈2〉ユリアンのイゼルローン日記

星を砕く者に続き、外伝を読んでいます。

銀河英雄伝説外伝〈2〉ユリアンのイゼルローン日記 (創元SF文庫)

★★★★

実際は、Kindle銀河英雄伝説外伝2 ユリアンのイゼルローン日記 (らいとすたっふ文庫) を読んでいますが、装丁等なくて画像としては味気ないので、本の方の画像を貼っています。

いやぁ、ユリアン君、ヤン・ウェンリーのことを信仰していますね。

しかし、ハイネセンへ戻る際の事件を、本編で読んだ記憶が全くない…ハイネセンへ戻ってからのビュコック提督とのやりとりや、ハイネセンクーデター後のフレデリカさんとのやりとりはしっかり覚えているのに。

まあ、若い頃のユリアン視点ということで、ヤンの被保護者となる前、どういう境遇だったのかということが知れたので良かったです。たしかにおばあちゃんっ子っぽくはあるけど、そういう仕打ちというか、あまり可愛がられてなかったというのは意外でした。

感想:銀河英雄伝説外伝〈1〉星を砕く者

英伝、新たにアニメ放送始まりましたね!

銀河英雄伝説外伝〈1〉星を砕く者 (徳間文庫)

★★★★

外伝でない本編は、半年以上前に一通り読んだのですが、外伝はまだだったので読み始めました。 やっぱり銀英伝はいいですね。

OVAで観て強烈に印象に残っている、ベーネミュンデ侯爵夫人のエピソード。 それがこの「星を砕く者」に入っています。 OVAの映像を思い出しながら読んでいました。

時系列としては本編の前に当たるのですが、読む順番としては本編を読んでからこちらを読んだので正解だったかな、と思っています。

感想:NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法

TEDで見た、ガイ・ウィンチさんの本。

NYの人気セラピストが教える 自分で心を手当てする方法

★★★★

失敗したシーンを何度も思い出す「反芻」が心身によくない、というのはTEDで聞いて驚いたのですが、他にも心身によくないけれどやりがちな言動や思考が出ています。 それらにどう手当てするか、ということが書かれていて有用です。 ただし、いろいろな人の例が挙げられていて、中には読んでいると胸が苦しくなるような話も。 心がバキバキに折れてからではなく、心に余裕があるうちに一通り読んでおいて、必要になったときにできる手当方法をさっとやってみる、といった使い方が良さそうです。

共感覚の子どもとの接し方を考える

思い出

子どもの頃、文字に色が付いて見えていました。色が付いていたのは、ひらがなやカタカナ、数字です。漢字は簡単な漢字には付いていたかもしれませんが、あまり覚えていません。それは漢字を覚え始める頃ーー小学校に上がる頃にその感覚がなくなったからだと思います。

当時はなんとなく、自分が見た五十音表や語感から色がイメージされ、そう感じているのだと思っていました。そして、自分のイメージであり、他人と共有できるものではないと理解していたので、特に親や他の大人に話すことなく、そのままその感覚はなくなりました。

大人になり、親になり

大人になってから、テレビ番組で共感覚というものを知り、「あ、これだったのか」と思いました。そして、それが未分化の感覚であり、発達の中で分かれる事がほとんどだと知り、自分の経験と照らし合わせて納得しました。

しかし最近、テレビドラマで「共感覚=才能」「共感覚を持つ人=天才」みたいな描かれ方をしていたり、そうとらえている人と話したりしたので、それは危険だなと感じています。他人の話なら全く問題ありませんが、もし自分の子に共感覚があり、それに基づく話をしたときに、マイナスの影響が及ぶかもしれないからです。ということで、共感覚を持つ子どもとの接し方を、(専門家ではないのですが)かつてそういう子どもだった、という立場でメモしておきます。

共感覚の子どもとの接し方

天才だと持ち上げない

共感覚それ自体は才能ではなく、ただの未分化の感覚です。テレビ等に出るような共感覚を持つ大人は、それをうまく利用して記憶することで、天才たりえているのだと思います。なのに感覚そのものを才能としてしまうと、それが成長の中で自然となくなったときに、喪失感を与えかねません。

気持ち悪がらない

では、どう扱えば良いのか。子どもが理解不能なことを言っている。自分に見えない色を見えていると言っている。そこで、一番やってはいけない、あの頃の自分がされたくなかったであろうことは、気持ち悪がることです。場合によっては、コミュニケーションをとる気持ちがなくなりますし、共感覚がなくなっても引きずる恐れがあります。

他者と共有できない感覚だということを伝える

おそらく適切なのは、持ち上げたり落としたりせず、それは自分には分からない感覚であることを伝えるのが良いと思います。他人と共有できない感覚であると分かれば、伝わる方法で(共感覚を使わずに)コミュニケーションを取ろうとしますし、そうすれば共感覚がなくなってもうまく生活していけます。

おわりに

自分の子どもに共感覚があったり、それについて話したり、という可能性はそれほど高くはないかもしれません。でも、もしその時が来たら、自分がどう扱ってほしかったか思い出して接したいと思います。

感想:学力は家庭で伸びる

百ます計算」で知られる陰山英男さんの本を読みました。

陰山英男 学力は家庭で伸びる

ためになる部分が多く、子どもとの接し方の参考になりました。百ます計算の話はほとんど出てこず、子どもとのコミュニケーションや生活態度の話が多かったように思います。しかし、共働きで時間やエネルギーに余裕がないと難しいかもな…という部分も多く(お手伝いを積極的にさせる、体力づくりを一緒にするなど)、この辺りはまだ佐藤亮子さんのふっきれた育児法の方が、勉強と習い事にフォーカスしている分、取り入れやすそうに思えました。

ミュシャ展へ行く

ミュシャ展に行ってきました!

想像以上に混んでいました。すごい人気。事前に公式サイトでチケット発行していて良かったです。券売所にも長い行列ができていました。

入ってすぐ展示されていたのがスラヴ叙事詩。まずその大きさに圧倒されました。4、5メートルの大きさの作品が20作品。そのうち5作品は撮影可となっていました。どれもイメージしていたミュシャの絵よりだいぶ写実的な絵でした。

ミュシャのすべて (角川新書)

その次に展示されていたのが四つの花やサラ・ベルナールのポスターなど。イメージしていたミュシャの絵でした。色はセピアっぽい色で、女性がやっぱりキレイ。アール・ヌーヴォーっていうのでしょうか?この頃の絵はそれほど大きくなく、大きい絵(ポスター?)でも縦2メートルくらいでした。

万国博覧会ボスニア・ヘルツェゴビナ(だったかな)のパビリオンの壁画を描いたのがターニング・ポイントだったそうです。この下絵も展示されていましたが、本当にキレイでした。

他に本の挿し絵や装飾なども展示されていました。そして音声ガイドの音楽には、やはりスメタナの「モルダウ」はじめ「わが祖国」が多く使われていました。

実は美術館にほとんど行った経験がなく、こういった展示を楽しめるか自分自身不安だったのですが、十分楽しめました。(文章で伝えられないのがもどかしい。)まだ行ってなくて興味のある方はぜひ。

感想:あらためまして!ベーシック国語

どこかのネットニュースで見て気になっていた「あらためまして!ベーシック国語」。やっと見られました。

実は、滝沢カレンがテレビ番組に出ているとチャンネルを変えてしまうくらい、彼女を見るのが苦手です。もう少し細かく言うと、彼女のことは嫌いではないのですが、彼女によってコミュニケーションの行き違いが発生している場面を見るのが嫌でした。バラエティー番組なんかではよくそういった行き違いを笑いに変えられるのですが、それはそれで、昔「HEY!HEY!HEY!」でダウンタウンが海外大物アーティストに(芸人として、なのかもしれませんが)失礼な態度で接したときのような、いたたまれない気持ちになるのです。共感性羞恥と近い感覚かもしれません。

ただ、この番組は見たいと思いました。理由は大きく二つ。

  • 彼女の日本語について何がどう間違ってるか、分析して、すっきりさせてくれそうだから
  • 共演者が金田一先生とナイツ土屋(優しくて安心)だから

そして見たのが下記の回です(文字起こしされてます)。

文法の授業なのに総括が

カレン「ルールにとらわれずにしゃべろう!」

これはヒドイ(笑)。ですが、教育番組としてきちんと内容を説明しつつ、ユーモアもある番組になっていました。一回10分とコンパクトにまとめられているので、下手なバラエティーより濃いかもしれません。ちょっとしばらくウォッチしたいと思います。